私の魂は主をあがめます

中浦ジュリアン神父様の生涯

私の洗礼名はジュリアヌスです。18年前に、古巣神父様からいただいた洗礼名です。受洗してから数年後、神父様に洗礼名の由来を聞いてみたことがあります。すると神父様は、先に長崎で列福式が行われた「ペトロ岐部と187殉教者」のひとりで、福者となった中浦ジュリアン神父様からのものだとおっしゃいました。
そこで、中浦ジュリアン神父様について書いてみたいと思います。

中浦ジュリアンは、1568年、長崎の西彼杵半島北部の中浦で、キリシタン大名大村純忠の家臣、小佐々基五郎の長男として生まれました。父基五郎は、ジュリアンが2歳のときに戦死しました。ジュリアンは、1580年にイエズス会巡察師アレサンドロ・ヴァリニャーノが有馬にセミナリオを開いたとき、その一回生として入学しました。

ヴァリニャーノは巡察を終えるとき、ローマ教皇に日本の教会を紹介するために、日本のキリシタンの少年を派遣することを決めました。いわゆる「天正少年使節団」です。選ばれた4人の少年はいずれもセミナリオの生徒で、ジュリアンは副使として選ばれました。
8年におよぶ長旅の末、ローマに着いたとき、ジュリアンは伝染病の三日熱で苦しんでいました。教皇さまへの謁見のとき、周囲は反対しましたが、「なんとしても謁見に行く。教皇さまに会えば治る」と言い張り、特別なはからいで個別の謁見が実現しました。すでに 84歳であった教皇グレゴリオ十三世は、高熱に震えるジュリアンを抱きしめ、ふたりの目には涙が光ったといいます。

信仰のない人々にとって、殉教者や潜伏キリシタンがキリスト教を死守する意味は理解できないだろう。こんなに苦しんでいるのに、神が「沈黙」し続けるはずがない。つまり、「神はいない」というところで思考が止まる。信仰のない人には、棄教を迫る幕府を説得できなかったら敗北でしかない。
しかし、イエスの十字架上の死が人類の救いとするキリスト信者は、神の救いが逆説的に実現されることを信じることができる。

天正遣欧使節の肖像画
右上で王冠を手にしているのが伊東マンショ、左上 中浦ジュリアン、右下が千々石ミゲル、左下が原マルチノ、中央上方が使節に同行したメスキータ神父。

ジュリアンは、1608年、40歳のときに長崎で司祭に叙階されました。ローマ教皇に謁見してから、23年の時が経っていました。しかし、1614年、幕府から全国的なキリシタン禁令が出され、教会は閉鎖されました。イエズス会の上長たちは、司祭18名、修道士9名を選別し、ひそかに残留させることにしました。ジュリアン神父は、長崎ではあまり顔を知られていないということで残留組となり、それからほぼ20年間、島原、口之津を拠点に九州各地の信者を訪問し、励ましを与え続けました。

1632年、ジュリアン神父は同宿とともに捕えられ、長崎に護送されて、クルス町の牢屋に入れられました。翌33年10月18日、神父はほかの宣教師とともに牢屋から出され、西坂の刑場に連行されました。刑場に入ると、「私はローマに行った中浦神父です」と名乗ったといいます。いっしょにいたクリストファン・フェレイラ神父は転びましたが、ほかの7名は殉教をとげました。


ジュリアン神父は、4日間の壮絶な苦痛に耐えて、息をひきとりました。彼の最期の言葉は、「この大きな苦しみは神の愛のため」でした。古巣神父様は、この中浦ジュリアン神父様のことを、最後まで島原半島に残り、多くの信者に「ゆるし」をあたえ続けた神父様といって、よくお話しされていたのを覚えています。

最期まで棄てなかった信仰を支えた力とは、「信仰」「希望」「神の愛」で、彼らは神のみ手に触れることができたのです。それによって救いが完成し、神の栄光を授かり、死をもって証しすることができたのだと思います。その信仰によって私たちは、永遠の命を授かることができているのです。

執筆 T・・さん

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