2026年3月の教皇の祈りの意向は、「武装解除と平和」をテーマに、次のように祈る。「各国が有効な武装解除、特に核武装の解除に向けて動き、世界の指導者たちが暴力ではなく対話へと歩みを進めていきますように」。(抜粋)
教皇による祈り
父と子と聖霊のみ名によって。アーメン。
いのちの主よ、
すべての人間を御自身の姿に似せて造られたお方よ、
あなたがわたしたちを戦争のためでなく、交わりのために、
破壊のためでなく、兄弟愛のために造られたと信じます。
弟子たちに「あなたがたに平和があるように」と挨拶された主よ、
わたしたちにあなたの平和と、
歴史の中でそれを実現する力をお与えください。
今日、わたしたちは世界の平和を願い国々が武器を放棄し、
対話と外交の道を選ぶよう祈りを捧げます。
わたしたちの心から憎しみ、怨恨、無関心を取り除き、
わたしたちを和解の道具としてください。
恐れにあおられた統制からではなく、
信頼と、正義、そして人民間の連帯から、
真の安全が生まれることを理解させてください。
主よ、諸国の指導者たちを照らしてください。
彼らが死の計画を放棄する勇気を持ち、
軍拡競争を止め、
最も弱い立場の人々のいのちを中心に考えることができますように。
核の脅威が人類の未来を二度と左右することがありませんように。
聖霊よ、わたしたちを日々の平和の誠実で創造的な構築者としてください。
わたしたちの心において、わたしたちの家庭において、
わたしたちの共同体において、そしてわたしたちの街において。
一つひとつの優しい言葉、和解の態度、
対話の選択が、新しい世界の種となりますように。
アーメン。
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イラン:「平和は相互の脅威や武器では築かれない」 2026-03-01
教皇レオ14世は、中東の劇的な情勢に深い懸念を表明。暴力の連鎖が取り返しのつかない深淵と化す前にこれを止める道義的責任を呼びかけ、外交が本来の役割を取り戻すことを願われた。~「安定と平和は、相互の脅威や、破壊と苦しみと死をもたらす武力によってではなく、理にかなった、公正で、責任ある対話によってのみ築かれる」~外交が本来の役割を見出し、正義に基づく平和的共存を切望する人々の幸福が促進されることを願いながら、教皇は平和のために祈り続けるよう信者らに呼びかけられた。 こうした中、教皇は、パキスタンとアフガニスタン間の最近の衝突にも憂慮を示され、一刻も早い対話の再開をアピールされた。「世界中のあらゆる紛争において調和がまさるように」と、皆を祈りに招かれた教皇は、「神の賜物である平和だけが、人民間の傷をいやすことができる」と強調された。
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四旬節を輝かしい旅路として見つめる 2026-02-26
復活祭前の準備期間、「四旬節」に入って最初の日曜日、教皇は説教で、この日の福音朗読箇所、マタイ福音書4章の、イエスが悪魔から誘惑を受けるため、“霊”に導かれて荒れ野に行かれたエピソード(マタ4・1-11)を取り上げながら、「輝かしい旅路」としての四旬節、悔い改めがもたらす力について話された。~この恵みのときに、祈りとあわれみのわざとともに、悔い改めを惜しみない心で実践してください。沈黙に時を与えてください。テレビ、ラジオ、スマートフォンを少しの間消してください。神のことばを黙想し、秘跡に近づいてください。わたしたちの心に語りかける聖霊の声に耳を傾けてください。また、家庭、職場、地域社会で互いに耳を傾け合ってください。孤独な人、とくに高齢者、貧しい人々、病者のために時間をささげてください。過剰なものを捨て、必要なものに事欠く人と節約したものを分かち合ってください。~「謙遜と愛、断食と施し、節制とゆるし、善を与えて悪を報いないこと、悪を遠ざけ、善を行うことによってささげるわたしたちの祈り」(『説教』[Sermo 206, 3])は、天に届き、わたしたちに平和を与えることでしょう。(抜粋)
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神との交わりと全人類一致の秘跡としての教会 2026-02-20
教皇は、「第二バチカン公会議の諸文書」を主題とするカテケージスにおいて、新たに『教会憲章』(Lumen gentium)の考察に入られた。そして、その第1回目として、「教会の神秘―神との交わりと全人類一致の秘跡」をテーマに講話された。~目的は、イエス・キリストの和解のわざ、すなわち十字架上の死によって実現されたわざによって、すべての被造物を一致させることです。この一致は何よりもまず典礼を祝うために会衆が集まるときに体験されます。典礼において多様性は相対的なものとなります。すなわち、重要なのはともにいることです。なぜなら、わたしたちは個人と社会集団の間の隔ての壁を打ち砕いた(エフェ2・14参照)キリストの愛に引き寄せられるからです。~第二バチカン公会議は『教会憲章』の冒頭で次のように述べるのです。「教会はキリストにおけるいわば秘跡、すなわち神との親密な交わりと全人類一致のしるし、道具である」(同1)。公会議は「秘跡」という用語の使用と、それに続く説明によって、教会は人類の歴史において神が実現しようと望まれることの表現であることを示そうしています。(抜粋)
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