喜び

特集 殉教者の生き方に学ぶ

平塚カトリック教会では、2月27日(日)に、長崎教区から古巣肇神父様をお招きして、「殉教者の生き方に学ぶ」というテーマで黙想会を行いました。近隣の教会からもたくさんの方にご参加いただき、午前9時半からのミサ、11時からの講話、12時半から午後1時半までの分かち合いを行いました。その中からミサでの古巣神父様のお説教を、許可を得て誌上再録させていただきます。

キリスト者としての「しるし」

はじめまして。私は長崎教区の司祭で古巣といいます。出身は五島列島の奈留島という小さな島です。私は、隠れキリシタンの家に生を受けました。そのDNAのせいかもしれませんが、隠れて生きるのが性に合っているような気がしています。やがてカトリック教会に出会って、教会の一員になりました。しかし今でも、気づいたら隠れて生きています(笑)。
でも、今の社会は、監視カメラがあちこちにあって、道を走っていてもNシステムというもので車がチェックされます。ここに来る時も恐らく、何度も監視カメラに撮影されたと思います。隠れることがなかなか難しくなりました。しかし、警察が私をマークして、あそこに来たここに来たとチェックしたときに、きちんと「しるし」があればいいなと思っているのです。それは、「いまあそこを通った人はカトリック信者だぞ。この人は神に信頼して生きている人だ」と、見た人が分かればいいと思っているのです。
名は体を表すと言います。私は古巣という名ですから、話すことはみんな古い話ばかりです(笑)。でも、古いものをたどった時に、ちょうど星を見るのと同じで、未来が見えてくるような気がするのです。星は過去から放たれた光です。でもその星を見ることによって、私たちは明日を歩んでいこうとします。

焼印を押され、着物を着せられた

今回、「殉教者の生き方に学ぶ」というテーマで、黙想会を依頼されました。いったい、400年前の話をして何になるのでしょうか。日本の教会の昔話をしたとして、私たちとどんな関係があるのでしょうか。そう思われている方も多いと思います。
殉教者とは、もともとマルティリオといって、ギリシャ語の法律用語なのです。裁判の証人という意味です。やがてキリストの教会の時代に、命をはってキリストをあかししようとする人のことを、マルティリオ、マルチネスと呼ぶようになりました。それが語源です。なにも、火で焼かれたり、首をはねられたりすることだけが殉教ではありません。それは最後の瞬間のことだけです。
明日2月28日は、雲仙岳でパウロ内堀作右衛門という人が、仲間16人と共に殉教した記念日です。1週間前の21日は、この作右衛門の3人の息子たちが、有明海に沈められて殉教を遂げた日でした。
この島原雲仙の殉教者たちの記録は、とても美しい文章で書かれています。書いたのは沢野忠庵。元の名はクリストファン・フェレイラといいます。イエズス会の副管区長をしていて、1633年に中浦ジュリアンたちと一緒に、長崎の西坂の丘で穴吊りにされたとき、半日も持ちこたえることができず棄教したと言われています。そのあと、沢野忠庵と名乗って、その6年後、江戸でペトロ岐部と将軍家光の前で対峙することになる。そのような人生を生きた司祭です。フェレイラ神父の報告書にこうあります。彼らは有明海で3人の子どもが海に沈められる様を見届けたとあと、また島原城に連れ戻された。そこに行くときは裸でした。2月のいちばん寒い時です。
お城に連れて帰った後、役人は2つのことをしています。ひとつはまず、顔に「切支丹」という焼印を押した。そのあと着物を着せられた。その着物の後ろには、「この輩は、切支丹ゆえ罰される。宿を与えてはならぬ」と墨で書いた布が縫い付けられていた。そのあげくに、解放されます。しかし、解放されたこの人たちは、すぐに隠れていた小さな家に行って、仲間たちを呼んで励ましたのです。藩主の松倉重政は逆上し、彼らを捕えて、1週間後に雲仙岳に連れて行きます。あの頃、島原だけでなく、全国で似たようなことが行われていました。とても摂理的だし、シンボリックなことです。

殉教とは証人になることです

殉教者とはいったい何なのか。それは2つのことです。私は、父と子と聖霊の名によって、あなたに洗礼を授けます。私たちが洗礼を授かった時に、教会はこう教えています。あなたは神様の子、私のかけがえのない子。たとえ女たちがあなたを忘れようとも、人があなたのことを見捨てたとしても、私は決してあなたを忘れない。あなたを手の平に刻んで、いつも眺める。これは人間の約束ではなく、神さまの約束です。どんなにボロボロになっても、そして追いつめられて刑務所に出入りしても、あなたのことを忘れない。そのときに、この消えない印が刻まれる。私たちはそのように教わってきました。殉教者たちが、拷問のひとつの手段として焼印を押されたように、私たちも洗礼の時に、どんなに神から離れても、どんなに教会の仲間から離れようとも、あなたは私にとってかけがえのない子という、その印を刻まれているのです。
もうひとつ、着物を着せてもらった。裸だったから。あなたは、新しい人となった印として、キリストを着る者となりました。洗礼の時に、女の子は白いベールをかぶらせてもらいます。男性は、肩に白い布をかけてもらいます。あれは、キリストを着る者になりましたということなのです。つまり、あなたの人生の尺度は、十字架から差し出された私の価値観ですよ、これを物差しにして生きなさいということです。私たちはキリストの印を刻まれた人です。そして、キリストの物差しを持って、キリストを着た人です。
実は殉教とはこの事なのです。洗礼の時にいただいたお恵み、洗礼の時に交わした約束を、一生涯生き抜いていけば、私たちはみんな証人になれるのです。殉教とは特別な事ではありません。いまでも私たちに求められているのはそのことです。それ以外にはないのです。
今回、188名の殉教者が列福されて、日本の教会がどんな教会だったかが示されました。私が隠れ切支丹の家に生まれて、なぜか気づいたらそういう生き方をするようになっていたのと同じように、日本の教会には脈々として、この信仰が流れているのです。皆さん一人一人もそうです。いつかスイッチが入ったら必ずそのように生きていきます。ただスイッチが入るか入らないかの問題です。今でも私たちのすぐそばに、名もない多くの証人たちが生きています。それを知ったときは、鳥肌が立ちます。背筋に電流が走るような思いがするのです。

私は平和のために働きたかとです

5年前、島原の小さな教会におりました。そのとき近くの精神病院に、2人の教会の信者さんがいらっしゃいました。島原教会は、長崎教区でいちばん小さな小教区です。現在名簿上は100名ちょっとですけれども、実際に教会に出入りする人たちは、50名もおりません。その中の2名が精神の病を持ち、その病院で治療中でした。私は月に1度その病院を訪れて、聖体拝領をし、その後3人で少し歓談をしていました。
あるとき、聖体拝領が終わって病室から出て、廊下のコーナーのところでこんなやりとりをしました。
「私たちは神様を信じる人としてここにいます。どんなみ言葉があなたを今日まで支えて来ましたか」。私がそう尋ねると、一人の方が答えました。彼は東大を卒業されて、学究生活に入って間もなくして病を得て、故郷に帰ってその病院にいたのです。彼は、
「『仰せのごとく我になれかし』、このマリア様のみ言葉が私の今を支えています。人生思い通りにいきません。そうなったときに、神さまのみ心を一生懸命探しています」と答えました。
もう一人はM・・さんといって、みんなからミネヤンと呼ばれている方です。私が「ミネヤンは?」と聞くと、彼は恥ずかしそうに言いました。
「神父様、私はそがん難しか話は、ようわかりません。私は中学校もよう卒業しとりません。でも、私には望みがあるとです。せっかく洗礼を受けて教会の仲間になったとやけん、私が死ぬときは、ああ、この人は神さまの子どもだったと、そう言ってもらいたかとです。そう思ってこの間聖書をぱっと開いたら、たまたま『平和のために働く人は幸い。その人は神の子と呼ばれる』というみ言葉に出会いました。これこれ、と思ったんです。だから私は平和のために働きたかとです」
私はあげ足をとって、「ミネヤン、この精神病院でどうやって平和のために働くんだ。8月の6日とか9日が来たら、戦争反対、原爆反対とプラカードを下げて行ったり来たりするのか」と言いました。するとミネヤンは笑って、「そうですよねえ。ここでなんの出来るとでしょうかねえ」と言ったのです。その時はそれで終わりました。

私には都合はなかとです

やがてM・・さんは、肝臓ガンを発症しました。そして、病気はどんどん進行していったのです。亡くなるひと月前でした。その日はご聖体を運んで行く日でしたが、私はなんとなく気分がすぐれなくて、ああ今日は行きたくないなと思って嘘をついたのです。病院に電話を入れて、「急用で都合が悪くなって、行けんごとなりました。ミネヤンにそう伝えてください」と嘘をついてサボりました。翌日気を取り直して、ミネヤンの所に行って開口一番、「ミネヤン、昨日はすんませんでした。私の都合で昨日は来れませんでした」と言いました。
そうすると、すでに黄疸が出ている顔でM・・さんこう言ったのです。「神父さん、よかとですよ。神父さんの都合の良かときでよかとです。私には都合はなかとですよ。私は都合を言えるような人間じゃなかとです。私は、親の都合で、親のおらん子どもとして生まれたとです」。M・・さんの母は娼婦でした。結婚してくれるという男が現れて、それを真に受けて、結婚を前提とした関係で子どもを孕んだのです。ところがそのことを知ったら、約束した男は早々に行方をくらませてしまったのです。でも、その女性は産みました。それがM・・さんです。でも、母親の籍には入れられず、お姉さんの戸籍に入ったのです。
「神父さん、私は親戚の都合で、あっちにやられこっちにやられしました。親戚の都合で、中学ではとうとう養護施設に預けられました。中学を卒業して、何とか早く独り立ちしようと思って、大阪に出てクルマの整備工の免許をとりました。でも、病気の都合でここに入ってきたとです。ここの院長先生の都合で、教会の仲間に会えることも会えないこともあるんです。院長先生の気分のいいときは、教会の仲間は家族ではないけど、会わせてもらえるんです。でも、院長先生の都合が悪かときは、それはできません。でも、このごろ思うとです。自分の都合を言っている間は、私の心は穏やかではありませんでした。自分の生きがいとか、自己実現とか、そういうことを言っている間は、私の心はいつも不安でした。でもこのごろ、やっと神さまの都合のことを思うようになりました。そうしたら、とってもいま、生きやすくなりました。だから神父さん、私には都合はなかとです。神父さんの都合の良かときに来てください」
金槌で頭を殴られるという言葉がありますね。その時に初めてその意味を知りました。そして、私は泣いて司祭館に戻りました。

殉教は過去の話ではありません

1ヶ月後の5月2日、夕方5時半でした。院長先生から、M・・さんが亡くなったと連絡が入りました。病院に行きましたら、いちばん隅の部屋に、M・・さんは横たわっておられました。33年間そこに暮らしたのです。そして最後は、いちばん親しい仲間たちが見守る中で、ちょうど金持ちの家の前のラザロが、天使たちにそっとアブラハムのところに連れていかれるように、彼は去って行きました。
「わたしが死んだら、誰が葬式ばしてくれるとですか」「心配せんでよかよ。私が司祭館に連れて帰って立派な葬式ば挙げるから」私たちは、常々そういうやり取りをしていました。約束通り、すぐにM・・さんの亡骸を司祭館に運んで、2日間横たえました。そのとき弔問に訪れたのは、病院の先生たちではなく、2人の掃除婦のおばさんでした。2人はM・・さんの亡骸を前にして、ひとしきり泣いた後にこう言ったのです。
「こん人がおるところは、平和だったんですよ。季節の変わり目に、患者さんたちの具合が悪くなってよくぶつかる時があるんです。そうすると、こん人をベッドごとその部屋に入れるんです。こん人は自分の都合を言わん人でしたから、こん人が入るとそこは静かになりました。こん人のいる所は、平和だったんですよ」
「こん人は、ここん人やったとですか。今わかりました。この人は神さまの子どもやったとですね」
私は、平和のために働きたい。それは死んだときに、この人は神さまの子どもだったと言ってもらいたいから。M・・さんは親を知らない人でしたから、誰が親かは、彼の一生涯のテーマだったはずです。洗礼を受けたときに、私の父は天の父一人だと。それは彼にとって、飾りの言葉ではありませんでした。キリストが十字架上で野たれ死んで、息を引き取った時に、ローマの百人隊長がぽつりと言います。「この人は本当に神の子だった」
私たちが一生涯、過酷な境遇の中で生きて野垂れ死にするようなことがあったとしても、最後に神さまの面影を垣間見せることができるとするならば、そのとき私たちは証人になります。私たちのつたない、貧しい人生を通して、神さまの面影を少しでも垣間見せることができたとき、私たちは現代社会の中の、もうひとりの殉教者になれるのです。
殉教とは過去の話ではありません。苔の生えた青カビの生えた話ではありません。今なのです。それが、私たちが殉教者に学ぶ意味なのだろうと思います。


古巣馨 ふるす・かおる
長崎教区司祭、長崎純心大学教授。188列福者:列聖、列福特別委員会委員。まるちれす研究会会長。著書『恵みの風に帆をはって』『ガリラヤへ』(いずれもドンボスコ社)など。

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