言葉は肉となって、わたしたちの間に宿られた

特集 教皇フランシスコ訪日

11月23日から26日の教皇訪日は、まだ昨日のことのように思い出されます。日本中に鮮烈な印象を残した4日間を、教皇が残された言葉と、東京ドームミサの探訪記で振り返ります。この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は 76688980_10157409013743855_3005184571152007168_n-2.jpg です

●教皇が残された言葉

11月23日午後5時半、教皇は羽田空港に到着されました。当日の日本の司教団との会談で、教皇は次のように語られました。
「日本の教会は小さく、カトリック信者が少数派であることは知っています。しかし、それが、あなたたちの福音宣教の熱意を冷ますようではいけません。皆さんに固有な状況において、人々に示すべきもっとも強く明白なことばは、普段の生活の中での目立たぬあかしと、他の宗教的伝統との対話です。日本のカトリック信者の半数以上を占める多数の外国人労働者を親切に受け入れ世話することは、日本社会の中で福音のあかしとなるだけでなく、教会があらゆる人に開かれていることの証明にもなります」
翌24日午前、長崎市の爆心地公園では、核兵器についての次のようなメッセージを発せられました。
「カトリック教会としては、人々と国家間の平和の実現に向けて不退転の決意を固めています。それは、神に対する、そしてこの地上のあらゆる人に対する責務なのです。核兵器禁止条約を含め、核軍縮と核不拡散に関する主要な国際的な法的原則に則り、たゆむことなく、迅速に行動し、訴えていきます」
この日は、「王であるキリストの祭日」でした。午後に長崎県営球場であげられたミサの説教では、
「(宣教する弟子としての使命は、わたしたちを、)家庭、職場、社会、どこであれ、置かれた場所でパン種となるよう駆り立てるのです。聖霊が人々の間に希望の風として吹き続けるための、小さな通気口となることです。天の国は、わたしたち皆の共通の目的地です。それは、将来のためだけの目標ではありません。それを請い願い、今日からそれを生きるのです。病気や障害のある人、高齢者や見捨てられた人たち、難民や外国からの労働者、彼らを取り囲んで大抵は黙らせる無関心の脇で、今日それを生きるのです」
夕刻には広島市に飛んで、平和記念公園でスピーチをされました。
「確信をもって、あらためて申し上げます。戦争のために原子力を使用することは、現代において、犯罪以外の何ものでもありません。人類とその尊厳に反するだけでなく、わたしたちの共通の家の未来におけるあらゆる可能性に反します。原子力の戦争目的の使用は、倫理に反します。核兵器の保有は、それ自体が倫理に反しています」
25日午前中には、東京カテドラル聖マリア大聖堂で、「青年との集い」に出席されました。
「わたしたちの助けとなる考え方があります。身体を生かすには、呼吸をしなければいけません。だれしも、自動的に呼吸しています。身体的に生きるためには、呼吸が必要です。本当の意味で充実して生きるには、霊的な呼吸を学ぶ必要があります。祈りと黙想を通して、心の動きを通してわたしたちに語りかける神に、耳を傾けることができます。また、愛のわざ、奉仕のわざによって他者にかかわる、外的な運動も必要です。この内的外的な動きによってわたしたちは成長し、神はわたしたちを愛しているだけでなく、わたしたち一人ひとりに使命を、固有の召命を託しているのだと気づきます。その召命は、他者に、それも具体的な人々に自分を差し出すほどに、より明確に見えてくるのです」
この日、午後4時から、東京ドームでは5万人参加のミサがあげられました。ミサの説教より。この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は 03f1ebec72a31ab275429157525a03a1.jpg です
「この現実を前に、キリスト者の共同体として、わたしたちは、すべてのいのちを守り、あかしするよう招かれています。知恵と勇気をもって、無償性と思いやり、寛大さとすなおに耳を傾ける姿勢、それらに特徴づけられるあかしです。それは、実際に目前にあるいのちを、抱擁し、受け入れる態度です。そこにあるもろさ、さもしさをそっくりそのまま、そして少なからず見られる、矛盾やくだらなさをもすべてそのまま引き受けるのです」
翌26日、教皇フランシスコは日本を旅立たれました。この原稿では、教皇の発したメッセージや説教の、ほんの一部をご紹介しました。全文は、「カトリック新聞」や、カトリック中央協議会のホームページで読むことができます。

●教皇ミサ、バス旅行記

2019年11月25日(月)、待ちに待った教皇ミサの日がやってきた。時折小雨が落ちるが、この季節としては暖かい朝だ。午前11時、平塚教会集合。3台の黄色い大型観光バスが、教会前の道路に横付けされた。1号車はテハン神父様と日本の信徒43名。2号車は南米コミュニティ32名と日本の信徒14名。3号車はフィリピン・コミュニティ33名と日本の信徒12名。総勢135名で、11時40分に出発した。
途中、東名高速の海老名サービスエリアで、時間調整のため休憩。駐車スペースにずらりと並んだバスのフロントガラスには、どれも教会の名前が書かれている。カトリック磐田教会。カトリック四日市教会。ずいぶん遠くから来ている教会もある。サービスエリアは、ミサが行われる東京ドームから遠く離れているのに、早くもカトリック村と化している。
往きの道路は空いていて、13時20分には東京ドーム付近に到着。路上でバスから降りて、10分ほど歩いて東京ドームに向かう。この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は 3d5ba24a9b49c0f9a2627524d818a8e9.jpg です辺りは旗を先頭にした団体さんであふれている。カトリック女子校らしい制服の女の子たちが、きちんと整列して歩いている。外国コミュニティらしい一団が、陽気に歩いている。我々もその中に入り乱れながら、ガイドさんの旗を見失わないようについていった。
荷物チェックと、入場ハガキと身分証明書の照合は、皆スムーズに通過して席に落ち着いた。平塚教会の席は、1階の3塁側スタンドの一角。祭壇が斜め前に見下ろせる良い席だ。ミサは16時からなので、まだ2時間以上間がある。ところが、早めにトイレを済ませようと席を立った人たちが、なかなか帰ってこない。女子トイレは長蛇の列で、長い人はなんと1時間半も行列に並んだという。
ミサの1時間前になると司祭団が入場し始めた。ドーム内の人たちは全員、入場する時に教皇ミサのシンボルマークなどが印刷された小旗を渡されていたが、司祭団に向けて早くも小旗を振っている人たちがいる。この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は 4d7efc95d2ec7ecda8ce87ea1378af45.jpg です

そして、15時40分。ついに教皇フランシスコの登場である。純白の祭服に身を包み、白いオープンカーの上に立ち上がった教皇の姿が会場の一角に現れると、5万人の信徒たちの熱狂は最高潮に達した。アリーナ席の信徒たちは、教皇に少しでも近づこうと吸い寄せられるように移動し、スタンドの信徒たちは、総立ちになって旗を降る。祭壇の両脇に掲げられた巨大モニターには、教皇のにこやかな表情が映し出され、教皇が信徒から手渡された赤ん坊を抱いて祝福すると、会場全体から地響きのような歓声が湧き起こった。この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は 2e2f1dde25f2c40220e2f6f3d48a9eb1.jpg です
教皇の車は、約20分かけて、アリーナ席の間の通路をくまなく巡っていった。会場の誰もが我を忘れて近づこうとするこの人気、この魅力は一体どこから来るのだろうか。冷静なテハン神父様も、教皇が現れた時には思わず伸び上がって、一歩前に踏み出していた。

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は f556e2b2d3eb600e835c8103e8b9b483.jpg です群衆をかき分けて、教皇に赤ん坊を手渡そうとする人々の動きを見ていると、一瞬、自分が福音書の一シーンの中にいるような錯覚を覚えた。教皇の姿が祭壇の後ろに消えて、間もなくミサが始まることが告げられると、会場は打って変わって静寂に包まれた。ドームのそばの高架線路を電車が通過する音だろうか、時折、風が吹きわたるような音が、ドームの天井からかすかに降ってくる。それは、聖霊が吹き渡る音のようにも聞こえる。厳かなオルガンの演奏と、スタンドの一角に並んだ合唱団の歌声とともに、教皇司式のミサが始まった。この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は e451444cfb77f3039fbc1d026a326756.jpg です
第一朗読はスペイン語で、福音書は日本語で読まれた。教皇の説教はスペイン語で行われ、巨大モニターには日本語が映し出された。教皇は説教で、「今日の午前中に若者との集いに参加したが、日本の若者は社会的に孤立している人が少なくないと感じた。行き過ぎた競争意識を改め、社会的に孤立した人々への救いの手を差し伸べるように」と話された。
共同祈願は、英語、ベトナム語、目の不自由な方による日本語、韓国語、タガログ語、スペイン語で唱えられた。聖歌も様々な言語で歌われた。感謝の典礼はラテン語だった。教皇によるラテン語の奉献文は、かつてのラテン語のミサを覚えている世代には懐かしかった。教皇による派遣の祝福があり、みんなで「ごらんよ空の鳥」を歌って、ミサは18時過ぎに終了した。

ここから平塚にたどり着くまでは、遠い道のりだった。まず、会場の外が退場者で大混雑だということで、東京ドーム内でしばらく待たされた。大混雑の中、135人がはぐれずに行動するのは難しく、3台のバスのガイドさんの元に皆が集まるまでに、かなり右往左往した。外は暗くなり、おまけに雨が降ってきたので、全員が19時にバスに乗れたことは、むしろ感謝すべきだろう。通勤時間帯にドームからの大量のバスが合流して、首都高速も東名高速も大渋滞となった。だが、教皇ミサに参加できた喜びに満たされた車内では、渋滞を気にする顔は見当たらなかった。結局、最後のバスが平塚教会に到着したのは、21時50分だった。
このバスツアーの募集、名簿作成、実施に関わってくださった信徒の皆さんに感謝します。そして、超ハードスケジュールでお疲れにもかかわらず、すばらしい笑顔でミサを司式してくださった、教皇フランシスコに感謝を捧げます。パパ様、あなたのためにお祈りいたします。

●若者たちの感想この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は 5a89cb2cc3e4ebf85e2b4d95744703e7.jpg です

教皇ミサに参加した平塚教会の若者たちに、会場で感想を聞きました。

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「めったに受けることができない教皇様のミサを受けられて、本当に光栄です。前に教皇様がいらしたのは38年前だったということですので、もしかしたら自分も教皇様にお目にかかれるのが最初で最後かもしれないので、本当によかったです。教皇様は、けっこうユーモアのある方だとニュースでやっていたのですが、入場の時に、赤ちゃんにチューしたりするのを見て、心の優しい方だということがわかりました。表情にも、雰囲気にも、心の優しさがにじみ出ていて、すごく尊敬します。自分も、優しい心を持って人と接していきたいなと思いました」(I.S)

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「教皇様を、肉眼で見られてよかったです。滅多にお会いすることはできないので、すごくいい経験になったなと思います」(Y.S)

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「初めて教皇様のミサを受けたので、感動しました。入ってきた瞬間に、みんなからワーッと歓声が上がって、すごく愛されている存在なのだなって実感しました。教皇様の笑顔が優しくて、それにも感動しました。私自身、ミサを受けること自体すごく久しぶりで、聖歌も久しぶりに聴いて、子どものころのことを思い出しました」(M.F)

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「教皇様はすごくいい人そうだった。光あふれるような姿だった。今日ミサにあずかって、心がいつもよりも軽く、和らいできたという感じ。来てよかったと思います」(C.R.U)

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「一生に一度の素敵な経験をさせていただきました。教皇様に、自分から会いに行こうと思っても、教皇様がいらっしゃるタイミングで行けることってなかなかないと思うので、そんな場所に来ることができて、とても幸せだなと思いました。私自身は、普段は自分のことばかり考えているので、平和のこととか、人のこととかを、もっと考えなきゃいけないなと、すごく考えさせられました」(M.M)