広島・長崎被爆80年:教皇「核兵器は人間性を傷つける」

2025-08-05

教皇レオ14世は、広島と長崎への原爆投下から80年を前に、8月5日、広島で開かれた平和集会にメッセージを寄せられた。~長い年月の経過にも関わらず、広島と長崎の二都市は、核兵器がもたらした底知れない恐怖を今なお生き続け、その街や、学校、家々は、あの運命的な1945年8月の、目に見える傷跡と精神的傷跡の双方をいまだに残している、と教皇は記された。こうした現実を前に、レオ14世は、前任の教皇フランシスコがよく使っておられた「戦争は常に人類にとっての敗北である」という言葉を繰り返された。~「核兵器は、わたしたちが共通に持つ人間性を傷つけ、その調和を守る使命を託された、被造物の尊厳を裏切るもの」と表明された。(抜粋)

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焼き場に10歳くらいの少年がやってきた。
小さな体はやせ細りぼろぼろの服を着てはだしだった。
少年の背中には幼い男の子がくくりつけられていた。
係員は背中の幼児を下ろし足元の燃えさかる火の上に乗せた。
炎は勢いよく燃えあがり立ちつくす少年の顔を赤く染めた。
少年は気を付けの姿勢でじっと前を見続けた。
見事な直立不動の姿勢でかれは弟を見送ったのだ。
急に彼は回れ右をするとまっすぐ前を見て歩み去った。

「焼き場に立つ少年」
今ではだれもが知ることとなった一枚であるが、ぼくが初めてこの写真を見たのはいつのことだっただろうか・・・
衝撃は受けたものの、それがどこからくるものかわからなかった。考えようともしなかった。
のちになってこの写真を撮ったカメラマンの手記を「映像の世紀」という番組のなかで知ることができた。
それが前文である。
そうだったのだ。かれはすでに無効となった「皇国の精神」のなかでおとうとを見送ったのだ。
たったひとりで、すべての人間の罪を背負いながら、まったくの沈黙のなかでおとうとを見送ったのだ。
その光景はイエスが「なぜわたしを見捨てたのだ」と叫んだ磔刑の場面と重なり合う。

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