カトリック平塚教会 50周年記念誌

平塚教会献堂 50周年を祝って

カトリック横浜司教区長
司教ラファエル 梅村昌弘

平塚教会献堂50周年にあたり心からお祝い申し上げます。
半世紀に及ぶ平塚教会の歴史を支えて来られた聖コロンバス会の神父様方、また共にご尽力くださった多くの信徒の方々に、今あらためて感謝の意を表したいと思います。

21世紀に入り世界はますますグローバル化し、あらゆる国の人々が共に生きてゆく時代となりつつあります。日本人の信徒数をはるかに上回る外国籍信徒数が示すとおり、日本の教会は多国籍の時代を迎えています。このような新たな時代にあって教会には大きな使命が与えられています。キリストは自らの受難と死をとおして、あらゆる「隔ての壁」を取り除き、すべての人を「一つの体」としてくださいました。わたしたちはもはや「外国人でも寄留者でもなく」「神の家族」なのです(エフェソ 2:11 11-22)。民族的な紛争が後を絶たない現代社会にあって、特にわたしたちキリスト者は、人と人、民族と民族、国と国とを結ぶしるしと道具になるよう召されています。

現在、平塚教会は神奈川第6地区にあって外国籍信徒の方々の拠点教会となっています。
平塚教会のお一人おひとりが、人種や民族の違い、言葉や生活習慣の壁を乗り越え、互いの交わりと一致を深め、共に手を携えて歩んでいこうと努力されています。まさに今述べた教会の使命を先取りし、自ら実践しておられます。

教皇ヨハネ・パウロ二世は大聖年公布の大勅書「受肉の秘儀」のなかで「人間社会はキリストのうちに新たにされ、交わりのいのちのうちに育って行かなければなりません。(2項)と呼びかけられておられます。全人類がだれ一人として排除されることなく、神の家族として兄弟姉妹の交わりのうちに生きていける世界をわたしたちは目指さなければなりません。創立50周年という新たな旅立ちのときにあたり、わたしたちに与えられたこの使命を改めて喚起し、実践していく決意を新たにするとともに、必要な助けと力を神さまに祈り求めたいと思います。

平塚教会創設50周年にあたって

女子パウロ会修道会
マリア・ステラ 土生

平塚教会創設50周年おめでとうございます。
わたしたち聖パウロ女子修道院が平塚にできてから、はや16年をむかえます。17年前、横浜教区にわたしたちの修道院をと、当時の濱尾大司教様のご希望から、私は一人の姉妹と、土地を見つけるための派遣を受けました。40ヶ所以上探し歩いた最後のところが 平塚の現在の修道院のあるところでした。神様は必ず一番よい場所をわたしたちのために準備してくださると信じて、マリア様の取り次ぎを祈りながら。
そして最後の土地 現在地を見たとき、ここがわたしたちのために神様が準備してくだ さった場所であると、とてもつよく感じたことを思い出します。

修道院ができて、初めてヘイデン神父様にお日にかかったとき、「あなたがたは、会のために、どのようなことをしてくださいますか?」と聞かれ、「わたしたちは社会的コミュニケーションの手段としての福音宣教の使命をもっております。この使命を通して宣教のお手伝いをさせていただければ」と申し上げたところ、心から、わたしたちを受け入れて下さいました。毎朝のミサにも亡くなられる朝まで、来て下さり、お父様のように、心遣い、お導きくださいました。

なれないわたしたちでしたが、あれから、教会委員会・第6地区キリスト教短期セミナー・パザーなど、信徒の皆様とともに歩んで来られたことを、心から感謝しております。ブランチフィールド神父様には、茅ヶ崎教会におられる時から、いろいろな面で助けていただきました。平和旬間の行事として、平塚の市民ホールをお借りして、仏教から円覚寺の管長 足立大進老師・聖公会の遠藤主教・カトリックから演尾大司教・新谷のり子氏を招いての講演会など、神父様信徒の皆様と一つになって、準備したことも大きな体験と喜びでした。

新しい世紀に入り、梅村司教様の交わりのなかの交わり」をモットーに横浜教区の歩みのなかで、平塚の教会も、新しい聖堂建設や、宣教への困難を抱えながらも、神父さまと一つになって、新しい50年がはじまることを、皆様と心を一つにしながら、神様の豊かな祝福と恵みを、お祈りして参りたいと思います。

平塚教会創立50周年記念祝典

平塚カトリック教会主任司祭
パトリック・ブランチフィールド

個人も共同体もその命は神からのお恵みです。50年前神がこの共同体を作り、命を与え、今日まで守って下さったことを私は心から感謝しております。ここ8年間皆様と共に働かせてくださったことも感謝しております。私は歴代の主任司祭を皆知っておりますが、彼らと力を合わせて 祈りと苦労のうちにこの共同体をまとめた方々のことも知るようになりました。多くの方々が帰天しておられ、他の教会へ移動した家族は少なくありませんが「初代教会」のころの方々も残って未来への夢と新しい聖堂への希望を燃やしております。この方々皆様のために私は神様に感謝しています。今日の共同体は彼らの信仰と手本と辛抱のおかげなのです。

個人と違って共同体にとっては50年は短いものです。私たちの共同体は、まだ若くて力が弱いけれども新たな命と元気の芽ばえが見受けられます。この共同体は若い人たちに恵まれています。 たくさんの国の文化と言葉を受け入れ、平塚教会は開かれた共同体になりつつあります。市内だけではなく、地域全体に、キリストの福音を伝え、神の望んでおられる社会をつくり、50周年の祝いを機に、神のご計画の中でより大きな役割を果たすように決心したいものです。


Celebrating 50 years of Life. And praying for more

Life is a gift from God, whether it be the life of an individual or the life of a community. So it is that I find myself thanking God for the life. He has given to the Community that is Hiratsuka Church, and for the part He has given me to play in it, for the last eight years now. I have known the Columban priests who preceded me here, and I have come to know something of the people whose prayers and sacrifices went to the building up of this Community. Many have long since gone to God, and some have moved to other churches, but some are still with us, sharing in the vision of a new church to be built in the near future. I thank God for them all, for their faith, their example, for the vision they had that gave birth to the Church we have now.
 
Fifty years is a long time in the life of an individual. and few would dare to hope for all of another fifty. But it is not so in the life of a community. We are small yet, with many of the fears and shortcomings that entails, but we recognize too the signs of new life among us, in our young people, and also in that very diversity of language and culture that has become a feature of Hiratsuka Church today. We dare to hope for a place in Gods plan for the future, when this community will play a greater role in the building up the kind of society that Christ came to proclaim, not only in Hiratsuka, but in the whole wider area to which we belong.

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